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明日は来るから

「大丈夫。きっと大丈夫」

その時ふわっと空気が動いて、彼は私の膝に手を置いた。
知らない人に触れられるのが嫌いだったはずなのに、不思議とその手を振り払う気にはならなかった。遠慮がちに、でも何かを伝えようとするその手の暖かさを感じたせいかも知れない。





こんな夜中にひとりで座っている私が、川に飛び込みそうに見えたのだろうか。
「あの・・・」
遠慮がちに声をかけた彼の顔には、不安が満ちていたと思う。
私と幾つも年が変わらないであろうその人は、仲間の輪を外れて私に近付いてきた。
夜中に季節外れの花火で盛り上がる彼らを遠くに眺めながら、
自分とは別世界の住人だと・・・そうぼんやり見ていたのに。

「こんな時間に女の子がひとりで出歩いたら危険です」

そんなことを言いに来たの?
夜の散歩(人はそれを徘徊とも言うけれど)は日課なの、と言いかけてやめる。
他人に説明しても仕方が無いよね・・・。

人と話が出来なくなってどのくらい経つだろう。
何か特別なことが自分に起きたわけではないけれど、
いつからか人の波が怖くなり、学校にも行けなくなっていた。
誰にも会わずに済む夜中の散歩が、唯一自分をこの世界につなぎとめる行為のような気がして、毎晩何も考えずにひたすら歩いていた。

返事をせずにいると、彼は自然な動作で私の隣に座った。

「ここが、落ち着くのですか?」

温かい声だった。
私の反応を恐れて、今では家族すら声をかけるのをためらうのに。
さりげない、それでいて温かさを感じる声だった。
唐突だけど、自分を肯定してもらったような、そんな気持ちになったのかもしれない。
なぜか涙が頬をつたった。自分でも驚くほど突然。
彼はちょっと驚いたようにこちらに向き直り、
そのあと私と同じように川面を見つめながら、そっと膝に手を置いた。

「大丈夫。きっと大丈夫。」

ぽんぽん、と何度か諭すように叩いた後、
そのままの姿勢でしばらく私たちは同じ場所をただ見つめながら並んで座っていた。
私は、その手のひらから感じた。
この人、自分にも言い聞かせているんじゃないかな。
大丈夫。きっと大丈夫。
星なんて見えない街の空だけど、この日は月明かりがうすぼんやりと川面を揺らしていた。
わずかな夜更けの時間、二人の痛みを共有しているような、不思議な空間だった。


遠くで彼を呼ぶ声がした。日本語じゃないと気づいたのはその時だった。
日本人じゃないんだ?
その声に「わかった」と言うように手を上げて応えると
「家に帰れますか?家は近いですか?」
と、顔を覗き込まれた。
「うん。」
とっさに嘘をついた。
夜になると、川沿いをあても無く歩く。気がつくと1時間経っている事なんてざらだ。
今日もどのくらい家から離れてしまったのかわからない。

「気をつけて帰ってください。夜は危ないです」

もう一度念を押して、彼は私から離れて仲間の元へ戻って行った。

きっと家出少女に見えたんだろうな。
髪は染めてないし、化粧もしていないから、遊んでる風には見えなかったんだろう。
彼らの姿が見えなくなると、まだぬくもりを残す左膝に自分の手を合わせながらそっと立ち上がった。
家に、帰ろう。


家に着く頃には周りは明るくなっていた。キッチンでは母が朝食の支度をしていた。

「おはよう」

何ヶ月ぶりに声をかけただろう。一瞬びくっとして振り向いた母と目が合った。
すぐにキッチンに向き直ると、母は呼吸を整え、大きな声で「おはよう」と言った。
肩が震えている・・・。

たくさん心配をかけてるよね。
昨日ね、人の温かさを久しぶりに感じたんだよ。
ひとりじゃないって、教えてくれた人がいるの。
こうして近くにいてくれる家族もいるんだもんね。
私ね、少し前に進めるかもしれない。
そんなに簡単には戻れないけれど・・・少しずつ、少しずつ。
温かい気持ちをもらったから。



あれから2年。
かろうじて高校は卒業できたけれど、勉強がそれほど好きだったわけでもないし、
叔父の紹介でアルバイトを始めた。
スタジアムの事務所の雑用は、人のいない時間に始まるから気持ちも楽だ。
仕事を選べる身分でもないし、やはり今でも人込みは苦手だから。
「この仕事は自分のやりたい事を見つけるまでだからな」
叔父の言葉をありがたく受け止め、私は自分の道を手探りで見つけようと歩き始めた。

あの時、彼が話していたのが韓国語だと後で知った。
独学で少しずつ勉強を始め、少しは人にも慣れたので講座にも通うようになった。
人との距離の取り方も、自分なりに覚えてきた。


昨日から連日スタジアムでライブが開催されている。
ここに人が来るのは遅い時間だろう、とのんびりと控え室の準備に入ると、
鏡の前に見慣れないノートを見つけた。
忘れ物かな?いつも最後に誰かが見て回ってるはずなのにな。

その時、ばん!とドアを開ける音がして、ばたばたと誰か入ってきた。
「あ~あった!」
私が手にしていたノートを奪い取ると、いきなり中身をチェックし始める。
何かしたとでも思ったの?忘れたのはそっちなのに。
「中は見てませんよ」
「あれ。、韓国語話せるんだ?」
「はい。」
勝手な人だな、と顔を上げると、美しい男の人だった。私なんかよりずっとキレイだ。
なぜか私をじっと見つめている。初対面だよね?その大きな瞳は何か答えをを探しているようだ。
息苦しい空間・・・。

「あったか?」
その時どやどやと人が入ってきた。
我に返ったその人は、私から目をそらして入ってきた人と話を始める。
「やっぱりここに置いてったんだ。よかったぁ~」
「だから帰りに慌てるなって言ったのに」

この人・・・・

後から入ってきた・・・この人・・・。

確信は持てなかったが、そうだ、あの時の。
優しそうな瞳。大きな手。

呆然としている私を、マネージャーらしき人が外へと促した。
「ちょっと早く来ちゃったので、もう掃除はいいですよ」


いつもはどんな催しがあってもさっさと帰っていた私。
通路のモニターでスタジアムの様子を見たのは初めてだった。

どんなに闇の深い夜でも  必ず明日は来るから

まだトンネルを抜けたわけではないという自覚は、私の中にある。
でも、そこを出ようともがく自分を、助けたいと思う。
夢が何だとか、やりたい事があるとか、
そんな出発点にすらたどり着くのはまだまだ先かもしれない。

少しだけ、少しだけ前を向いて、一歩踏み出そうとする自分と少しずつ少しずつ歩いていこう。
きっかけは、本当に小さなことだったけれど、でもそれが運命だと今は思える。
彼もきっと、あれから何かを掴んだはずだから。


ただ 伝えたいことが うまく言えなくて
迷いながら さがしながら 生きてた
いま ひとつの光を 見つけた気がして
追いかければ逃げてゆく 未来は落ち着かない

何度も何度も立ち止まりながら
笑顔と涙を積みかさねてゆく
ふたりが歩いたこの道のり それだけが確かな真実

どんなに闇の深い夜でも かならず明日は来るから
君だけに伝えたいよ 必ず明日は来るから


明日は来るから



(epilogue)

ステージが終わった楽屋で、JJは急に大きな声を出した。
「あ~!そうだ!やっぱりそうだ!」
「なになに?どうしたの?」
「どこかで見たような気がしたんだ。ほら、楽屋に来た時に女の子がいたでしょ?」
「ヒョン、いつのまに日本人の女の子と知り合ったんだよ?」
「だからそうじゃなくて~ずっと前にさ、川で花火をしたことがあったじゃん?まだ日本にも慣れて無くてさ、気晴らしに花火してさ。あの時ユノが声かけた子。」
「ああ・・・・そんなこと、あったなぁ」
「ユノが自分から女の子に声かけるなんて珍しいからさ、覚えてるんだ」
「て言うか、ジェジュンヒョンは知り合った女の子の顔は忘れないでしょ」
「だからそうじゃないって~!」


「・・・なんかさ・・・今にもどこかに消えてしまいそうな、そんな瞳だったんだよ」
「消えちゃう?」
「さっきの子かどうかはよく見てないからわからないけど・・・。その時のことは覚えてるよ。
ふっと川に入ってそのまま溶けてしまいそうでさ、何だか放っておけなかったんだよね。」
「で、何を話したの?」
「何も。」
「ええ?あの時さぁ、長いこと座ってなかったっけ?近付きにくい雰囲気だったよね。」
「よく覚えてるなぁ(笑)
ただ、隣に座ってたんだ。話を聞くより、話をするより、隣に誰かいることが彼女には必要だったような気がしてさ。あの頃はうまく言葉をかけられるほど日本語も話せなかったし。
今日会った子がその子なら・・・何だか不思議な縁だよね。お互いに、何かを乗り越えたってことだし」
「また会えるかな?」
「また会えても、会えなくても、その時会ったことが運命だったんだよ、お互いに。」
「乗り越えたかった壁、かな。」
「うん、きっとそうだよ。だから、彼女も気づいていたなら・・・そう思ってくれてるんじゃないかな。」

♪~明日は来るから~♪


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昨日、新刊の帯の単語から瞬間に浮かんだお話でした。
Rさんの言うとおり、「忙しい時に限って書きたくなる」(笑)
トンペンの皆さんに嫌な思いをさせてしまうないようだったらごめんなさい。あくまで作り話です(^^;)

「明日は来るから」はトンの日本の歌の中でも詩もわりとまともで(暴言^^;)シアちゃんの歌声が美しい曲です。いつかまたトンシリーズも作ってみようかな。いつになるかは未定(^^;)
by kayo124124 | 2007-08-09 15:05 | TVXQ 別室
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のんびり主婦の日常と、大好き韓国ドラマ日記☆・・・・・・いらっしゃいませ~カコです♪ ドラマ記事最近少ないって?(^^;)

by kayo124124
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